矯正で顎関節症のリスク増?後悔しないための安全な治療法とは
「矯正をしたら顎関節症になった…」そんな声を耳にしたことはありませんか?歯並びや噛み合わせを整える目的で行う矯正治療ですが、実はその過程で顎関節症のリスクが高まる場合もあります。すべての矯正治療が危険というわけではありませんが、無理な力をかけたり、噛み合わせのバランスが乱れたりすることで、顎に過度な負担がかかることがあるのです。
本コラムでは、矯正治療で顎関節症が起こる理由や、リスクを最小限に抑えるための安全な治療方法について、歯科医師の立場からわかりやすく解説します。治療で後悔しないためにも、正しい知識を身につけてから矯正を始めましょう。
▼矯正で顎関節症のリスクが増大する理由
矯正治療中に顎関節症の発症リスクが高まる主な理由としては、以下の3つが挙げられます。
◎矯正治療中の噛み合わせの変化
矯正治療では、歯に持続的な矯正力を加えることで歯槽骨(歯を支える骨)にリモデリングが起こり、歯が理想的な位置へと移動していきます。しかしこの過程で、一時的に上下の歯の接触関係(咬合)が不安定になることがあります。この「咬合の変化」こそが、顎関節や咀嚼筋群(咬筋・側頭筋など)に負荷を与える要因の一つです。
顎関節は、下顎頭(顎の関節部分)と関節円板、関節窩(かんせつか)から構成されており、微細な咬合バランスの乱れにも影響を受けやすい構造です。歯の移動により咬合高径や咬合接触点が変わると、顎関節の運動軌道もわずかに変化し、それが蓄積されることで関節円板の偏位(いわゆるクリック音)や顎関節周囲の筋緊張につながることがあります。特に以下のような症状が現れる場合、顎関節症の可能性が疑われます:
・口の開閉時に「カクッ」「パキッ」といったクリック音がする
・口を開けるときに引っかかりを感じる、あるいは開口障害(ロック)を伴う
・噛み合わせに違和感がある、歯がしっくり合わない
・顎関節部やその周囲(耳前部、側頭部)に鈍痛または緊張感がある
これらの症状は、「歯の動きに関する矯正計画」と「顎関節の機能的可動域」に齟齬がある場合に生じやすくなります。とくに咬合支持点(臼歯部)を一時的に失う矯正工程では、咀嚼時の力の負荷が顎関節に集中しやすく、筋肉疲労や関節円板へのストレスが増大します。
◎適切でない診断・治療計画が原因となる
矯正治療は、精密な診断に基づく計画が不可欠です。顎関節の状態や筋肉のバランス、咬合の高さなどを無視して歯を動かすと、顎関節に無理が生じてしまいます。
例えば、以下のようなケースは注意が必要です:
・顎関節症の既往歴があるのに診断されずに矯正を開始した
・顎のズレがあるのに対して非対称な歯の移動を行った
・上下の歯列バランスを考慮せずに前歯のみを整えた
このように、矯正治療前の精密な診断が不十分だと、顎関節への影響が大きくなります。
◎無理な矯正力が筋肉や関節にダメージを与える
矯正治療では、歯を少しずつ動かすために力をかけますが、その力が強すぎたり、急激に加わったりすると、顎の周囲に負担が集中してしまいます。特にワイヤー矯正での強すぎる調整や、無理な拡大処置などは、顎関節症を誘発する可能性があります。
患者さまの骨格的な成長状態や、日常的な噛みしめ・食いしばりのクセなども考慮しないと、筋肉が緊張し、関節に慢性的な負荷がかかってしまいます。
▼矯正に伴う顎関節症のリスクを抑える方法
矯正治療による影響で顎関節症を発症するリスクは、以下の方法で抑えやすくなります。
◎事前に顎関節の検査を受ける
矯正治療を検討されている方は、事前に顎関節の状態を確認することが重要です。具体的には以下のような検査があります。
・顎関節の動きのチェック(開閉時のズレ・音など)
・CTやMRIによる関節の形態確認
・噛み合わせと顎の位置の関係を評価する咬合検査
顎関節症の兆候がある場合は、まず関節の状態を安定させる治療(スプリント療法や理学療法など)を行ってから矯正を始めるのが安全です。
◎経過観察をこまめに行う
矯正治療中は、噛み合わせの変化を随時チェックしながら進めることが大切です。以下のような経過観察が必要です。
・定期的な咬合チェック
・顎関節の違和感や痛みのヒアリング
・必要に応じた装置の調整、使用の一時停止
患者さま自身も、治療中に違和感や痛みを覚えたらすぐに歯科医師に相談しましょう。我慢して治療を続けると、症状が悪化してしまうことがあります。
◎顎関節に配慮した治療計画を立てる
最近では、顎関節症のリスクを抑えるために以下のような工夫がされています。
・マウスピース矯正(インビザラインなど)の活用
→弱い力で徐々に歯を動かすため、関節への負担が少ない
・咬合誘導を含めた総合的な治療
→成長期のお子さまでは、顎の成長を誘導してバランスを整える
これらの方法により、安全性の高い矯正治療が可能となります。
◎患者さまとのコミュニケーションを重視
矯正治療中は、患者さまご自身が感じる違和感や不安をしっかりと医師に伝えることがとても大切です。顎関節症は初期段階での発見・対応が鍵を握ります。また、子供の場合は成長とともに症状が変化するため、保護者の方の観察と協力も重要です。
▼まとめ
矯正治療には多くのメリットがありますが、適切に行われないと顎関節症のリスクが高まることもあります。特に、診断や計画が不十分なまま矯正を始めると、噛み合わせの乱れや顎への負担が原因で、関節や筋肉にトラブルを引き起こしかねません。一方で、事前の精密検査や丁寧な経過観察、顎関節に配慮した治療方針を採ることで、こうしたリスクは大幅に軽減できます。矯正に関心のある方は、「歯並びを整えること」だけでなく、「噛み合わせのバランス」や「顎の健康」にも目を向け、安全かつ納得できる治療を選ぶようにしましょう。